ほんの少しだけ、好き

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 「ねぇ吉岡さん大丈夫?」  そう聞いてきたのは、美術部で同学年の藤田さんだった。藤田さんとは別のクラスなのだけど価値観や会話のリズム、というか波長のようなものが合っているので入部してすぐに打ち解けた。友達の少ない私が心を開いて話せる数少ない友人だ。  「昨日吉岡さんが不良っぽい人と美術室に入ってくのが見えたから……何か脅されたりとかしてない?平気?」  どうやら藤田さんは私のことを心配してくれているらしい。普通に考えたら瀬古くんの見た目と美術室は結びつかないので無理もない。もし、何も知らない私が、藤田さんと瀬古くんが美術室に入っていくところを目撃したら、きっと同じようにカツアゲでもされているのではないかと心配しただろう。  「ああ、瀬古くんなら大丈夫だよ。見た目は怖いけど、全然悪い人じゃないよ」  瀬古くんから木曜日のことは秘密にしてほしいというようなことは特に言われていなかったので、私は瀬古くんの絵の練習に付き合っていることをその場で説明してもよかった。もっとも、藤田さんから何をしているのか聞かれていたら多分正直に答えていただろう。だけど、なんとなく、自分からその話はしなかった。  「そう……それならいいんだけど。何かあったら先生に言った方がいいよ?」  そう言い残すと、藤田さんは花柄の傘をさして帰って行った。  瀬古くんは案外真面目だ。次の木曜までにこれを練習してきてねと出した宿題は必ずきちんとやってくるし、私からの指摘は素直に受け止める。学んだことをまるでスポンジのように吸収して、みるみるうちに絵が上達していく瀬古くんを見ているのは気持ちが良かった。瀬古くんみたいな人はオタクを気持ち悪がり、私のような女にはブスと吐き捨て、目指す夢もなく人に迷惑をかけながら好き勝手に生きてるんだと思ってた。自分のことは見た目で判断しないでほしいと思いながら、人のことは見た目で判断していた自分が恥ずかしくなった。  「それに瀬古くんって笑うと目が三日月みたいになって意外と可愛いんだよね……ね?ラボルト?」  美術室に一人残された私は、部屋の片隅で石膏像にむかって同意を求めた。当たり前だけれど、石膏像は何も答えてはくれなかった。いつからだろう、私が木曜日が来ることを楽しみにするようになっていたのは。  窓の外ではしとしとと雨が降り続いていた。
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