ほんの少しだけ、好き

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 「吉岡は漫画家になりてぇの?」  瀬古くんは両手を組んで、うんと背筋を伸ばした。人物写真を見ながら立て続けにクロッキーを繰り返していたので疲れたようだ。  「漫画を描くのは好きだけど、私より上手い人なんか星の数ほどいるし、漫画家になるなんて夢のまた夢だよ。趣味で描くことはあっても漫画家を目指すことはないと思う」  「ふーん。俺は吉岡の考えてた話、面白れーと思ったけどな」  私がノートを落としたあの日に瀬古くんは私の描いた漫画のネームも見たんだ。自分が考えたものを人に見せるのは恥ずかしいけど、褒められるとやっぱり嬉しい。瀬古くんにとっては何気ない一言だったんだろうけど、その何気ない一言が私にはとても嬉しかった。  「それに、どちらかというと私は話を考える作業の方が好きなのかもしれない。話を思いついても自分の画力じゃ描けないようなものも多いし、原案考えて上手い人に漫画にしてもらえたらそれが理想かも……なんてね」  今まで誰にも話したことがない私の夢だった。瀬古くんなら馬鹿にしないで聞いてくれる、そんな気がしていた。スケッチブックに視線を落としていた瀬古くんが顔を上げた。  「じゃあ、俺が描いてやるよ。俺が絵上手くなったら吉岡の考えた話、俺が描くよ。そんでその漫画で漫画家デビューしてやるよ」  そう言って、瀬古くんはニッと笑った。  「……すごい自信だね?そんな夢みたいに素敵な事あればいいんだけど」  「夢はデケェ方がいいんだよ」  人から教えてもらっている立場で一体どこからそんな自信が出てくるのだろう、とも思ったけれど、そんなことよりも、自分の作る話が認めてもらえたこと、そしてそれを形にすると言ってくれた気持ちに、私は涙が出そうになった。瀬古くんに顔を見られないように、私は瀬古くんの後ろにある窓を開けに席を立つ。窓を開けると、夏の匂いがした。  
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