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正直、やったと思いました。
勝った、と。
スクールカーストなんて、所詮学校の中だけじゃないですか。社会に出てからですよね、本当の勝負は。そこで得られた勝利が、本当の勝ち。気持ちが良かったです。
世田谷と言っても、広いんです。私が住んでいるのは、所謂世田谷のイメージ通りの静謐な高級住宅地ではなく、どちらかというと下町っぽい地域です。
小田急線と京王線に挟まれた住宅地で、交通の便がものすごく良い上に、充実した商店街が南北に伸びています。その上桜並木の緑道が何本もあり、住宅地にも保存樹木の桜の大木が大きな枝を広げて、春には白い花を、夏には滴る様な緑を、秋には踏むのが楽しい落ち葉を、そして冬には暖かな陽だまりを楽しませてくれます。元々は田畑が広がっていた田舎だったから、このような都会のオアシスの様な環境になったと、義父が言っていました。
そんな良い環境である上に、世田谷にはモンテッソーリ教育を謳った幼稚園や、レベルの高い私立の中高一貫校が幾つもあります。
そのためか世田谷は、子供に少しでも良い教育を受けさせようと考える、教育熱心な家庭の憧れのようなのです。
その証拠に、不況のあおりで取り壊される大企業の社宅や老朽化した団地の跡地に建てられたマンションは、我が子に世田谷で教育を受けさせようとする若いファミリー層で、即日完売します。この少子化の中、世田谷には千人を超す小学校があるんですよ。信じられますか?
私が住んでいる街はそこまで子供数が膨れ上がってはいませんが、教育熱心の風は、凄まじい熱風となって、吹き荒れています。
その熱風はどんな価値観も信条も吹き飛ばし、あらゆるものを巻き込んでいくのです。
それは、娘の菜摘が小学四年生の三学期、二月のことでした。
脱ゆとり教育の一環で、世田谷区の区立小学校は、毎月第二土曜日に三時間授業が行われます。土曜日は会社がお休みの保護者が多いため、学校公開に充てられることも多く、その日も全学年一斉に道徳の授業参観が行われていました。
学年が上がるにつれ、参観に来る保護者は減ってきます。
幼稚園では毎日の送り迎えで先生に会い、園での子供の様子を聞いて知ることが出来たのですが、小学校に上がると送り迎えが無くなるため、全くのブラックボックスに送り込ませているように、一切子供の様子が分からなくなってしまいます。
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