第一章 ママ友

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平日は時間のある専業主婦の母親がポツリポツリと見に来るだけの授業参観ですが、土曜日は家族の一大イベントなのでしょう。母親+父親、さらに乳幼児のきょうだいに、家によっては祖父母まで見に来ます。あまり広くない昇降口はどんどん押し寄せる児童の家族で飽和状態になり、さらにそこで仲の良いママ友同士が出会ったりしたら立ち話が始まってしまうので、人の流れは滞るばかりです。  私はそういうワイワイとした雰囲気があまり得意ではないので、昇降口の隅の方でなんとか靴を履き替え、4年生の教室に向かいました。  4年生の教室は、3階にあります。  菜摘のいる4年1組の教室に入ると、既に授業は始まっていました。黒板には「命の大切さ」と大きく書かれ、子供が全員で声を合わせて道徳の教科書を読んでいます。教室の壁にぐるりと沿って立つ保護者の数は、2,3人しか来ない平日とは桁違いです。どの家庭もやはり父親の参加率が高く、男女合わせてざっと30人近くはいるように見えました。土曜出勤している主人に、少し思いを馳せました。  やっぱり、菜摘の授業風景、見たかっただろうな…。  そう思って菜摘の姿を探すと、いました。真ん中の列の後ろから二番目。皆が教科書を立てて、目で文字を追いながら大きな声で読み上げている中、肩を少し過ぎる長さの髪をぼんやりといじりながら、気持ちの入らない様子で、皆の声に引きずられるように読んでいます。  その様子に、先生も気が付いたようです。 「飯野さん。教科書、ちゃんと立てて。授業中は、髪をいじるのをやめなさい」  穏やかな、でも明らかにお説教と分かる声で言われ、菜摘は手を髪から外し、教科書を両手で持ち直しました。  私の口から、思わず深い溜息が漏れました。落胆の溜息です。周囲の保護者は何も言わずシンとしていますが、内心では「何あの子、みっともない」と思っているのではないでしょうか。  恥ずかしい…そう思って菜摘から目を逸らした時、ヒラヒラと動くものが目に入りました。は、とそれに目を凝らすと、「良子さん」と、私の名前を呼ぶ忍んだ声が耳に入りました。  声の方を見ると、美智子さんが窓際から小さく手を振っていました。
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