椿の花が笑う時

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 そうはいっても対象者がいない。見つけ出すにしても雲を掴むような話。まずは手掛かりを探そうと、仲間内に聞き込み、過去の事件を洗いだす。  そして三年前の事件の詳細が明らかになった。  事件が起きたのは三年前。ちょうど暗殺法が制定された数日後。場所は東京都世田谷区のとある住宅街。  被害者は神崎賢太郎。ツバキの実父。生前は中小企業を経営しており、妻と子二人の家族四人でそこそこ裕福な暮らしをしていた。そんなある日の早朝、日課のランニングの最中に鋭利な刃物で腹部と背中を刺される。死因は出血性ショック。近所の住民によって通報されたが、救急隊が到着した時には息を引き取っていたらしい。犯人の目撃情報はなく、凶器も見つかっていないそうだ。  俺はパソコンを眺めながら、集めた情報に向かって小さな溜息をつく。この吐息に乗って羅列した小さな文字たちが散らばっていくように錯覚した。  情報の一つ一つを目にする毎に、この事件の記憶が少しずつ蘇る。雲にかかっていた星たちが姿を現すように、少しずつ、点々と。その点が繋がり、全てが晴れる。
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