椿の花が笑う時

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「改めて、俺はパエートという名で通している殺し屋だ。お前も仮名でいいから教えてくれ」 「ねえ、パエートってどういう意味?」 「たいした意味はねえから気にすんな」 「あっそ。私はツバキ」 「それはどういう意味だ?」 「気にすんな」  ツバキははにかんだ。それにつられて俺も鼻を鳴らす。テーブルには二杯目のコーヒーとパフェが置かれた。  実に穏やかだ。暗殺を企てているとは到底思えないほど和やかだ。こんな状況は初めてだ。心地いいのに、気味が悪い。  だから俺は訊いた。 「それで、ツバキは誰を殺したいんだ?」  殺し屋を目の前にしても笑っていられる少女。肝っ玉が座っているのか、はたまた何も考えていないのか、それとも既に考える心が壊れてしまっているのか。  正直なところ、俺はこの出会いに感動している。冴えない男は殺し屋で、依頼してきたのは幼気な少女で、この舞台の裏に隠されたシナリオが平凡なはずがない。ドラマチックな展開は俺の大好物だ。大歓迎だ。  赤い鮮血と人間の死顔ばかり眺めてきたこの仕事で、この心を震わせるほどの衝撃があるというのなら、俺はどんな地獄にだって喜んで赴こう。生きていること、生かされていること、生かしていることを実感できるのなら、誰だって殺そう。  しかし、 「分からないの」  ツバキは俯いた。
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