160人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
それは、約1週間はこの鞄の中で眠っていたものだった。
オーダーしていた店で引き取ったその日から、兄に勘付かれないようにといつも鞄に入れて自分の傍に隠していた。
…まぁここまで徹底しなくても、こういう物事に関して極端に疎いあの人は気付かなさそうなのだけれど。
「はは、本物や…。…ちなみに、何ヶ月記念日や?」
「1ヶ月だよ。だからこれが初めてのお祝い」
「そうかい…。まぁ、末長く幸せに頑張れや…」
「ありがと」
「…ちくしょう、俺だって別にそんな、物件的にも悪ないのになんで…」
乾いた笑いを浮かべている白井の苦しそうな言葉を余所に、僕はリングケースを仕舞い直した。
「那月先輩に恋人かぁ…。あーあ、つまんない。萎えちゃいました…」
白井の隣で、二葉は至極面白くなさそうに溜め息を吐いている。
彼が後輩という立場を利用して、僕にさり気無いアプローチを掛けてくれていたのは最初っから気付いていた。
それを考えれば、落ち込んでいる今の彼を見ていると少しばかりだけ気の毒に思えた。
「先輩が選ぶってことはよっぽど可愛いんでしょうね」
「そうだね。可愛いよ、凄く」
「へぇー…。芸能人でいうと誰似なんですか?」
「詳しく知らないけど芸能人よりも綺麗だと思うよ。でも可愛いってね、そういうことだけを言ってるんじゃないんだ」
「じゃあ、どういうところを言ってるんですか?」
……二葉が本当の意味で僕に好意を寄せていたと言うのなら、この質疑応答は彼の傷口を広げるだけのような気がする。
それでもめげずにあれこれ訊いてくる彼は、きっと探しているのだろう。
僕の恋人に、自分が勝てることが出来る要素を。
「あげだしたらキリがないんだけどね。最近思ったことと言えば…」
確かに二葉は、可愛らしい容姿をしているのだと思う。
加えて警察官の割には小柄で振る舞いも子犬のようだから、相手の庇護欲を掻き立てるのだと思う。
そして本人は謙遜しているようで、ちゃんと自分の武器を自覚している。
「コンビニで買って来たパピコをね、半分こしただけで幸せそうにするの。本人は澄ましているつもりでも隠し切れてないんだよね。そういう所がほんと可愛いんだよ、僕の恋人さんは」
だけどごめんね。
それっぽっちじゃ、僕の愛しい兄さんを越えることは出来ないかな。
最初のコメントを投稿しよう!