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「ぴゃー!」
顔を洗っても未だ寝惚けている頭に、猫の鳴き声が響いた。
足に纏わりつくように擦り寄って来るノラが、おはようと言っているのだ。
「おはよう、ノラ」
「ぴゃー!」
その場にしゃがんで頭を撫でてやりながら、ちらりと向こうの餌皿を一瞥する。
キャットフードが盛られているのが見え、ノラが一足先に朝食にかぶり付いていたことを把握した。
「ほら、食べに行っておいで」
「ぴゃい!」
身体を餌の方へと向かせて促せば、ノラはいい返事と共にさっさと戻って行く。
そうして再び餌皿に口を突っ込み始めた姿を眺めた後、俺は立ち上がって歩みを進めた。
「おは……」
口を開いたと同時だった。
”ちん”と鳴るトースターの焼き上がる音と、キッチンに立つ背中にかける挨拶の言葉が重なってしまう。
……咄嗟に口を噤んで固まる。
一日の始まりからタイミングの悪さを感じる羽目になった。
「おはよう、兄さん」
けれどその人はちゃんと振り向いた。
朝食を作る手を止めて振り向き、優しく笑い、微かな俺の声を拾って挨拶を返してくれた。
それは彼にとってはきっと何気ないことで、当然の対応なのだろう。
けれど俺はいつも、そのさり気無い優しさに胸が一杯になる。
堅苦しい自分の表情が和らぐのを感じられる。
「おはよう、那月」
両想いの人が間近にいる幸せを噛み締める。
心が温まっていくのを感じながら、俺は改めて那月に挨拶を返した――。
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