◯月△日

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――風呂で温まってきたばかりで眠れる気配もない僕は、再びパソコンを眺めていた。 傍らのベッドでくうくう眠っているミノムシがもぞもぞと蠢く。 我が物顔でシングルベッドを占領している僕の兄だ。 そんな兄が、不意に身動ぎと共に目蓋を開けた。 「……」 シーツが擦れる物音に振り向いた僕を、ぽわんとした瞳が見つめてくる。 起きた。 …と見せかけて実はこれ、起きていないのだ。 瞳も表情も見るからにぼんやりとしている。 目は開いているけれど、脳は眠っているのだ。 どういう身体の作用で半端に開眼したのかは謎だが、まぁ何の心配もいらない一時的なものだ。 直ぐに閉じるだろう。 「……」 僕の予想通り、ぼんやりと開いていた兄の目蓋が再びゆっくりと閉じていく。 このまま本格的に眠りに落ちるのだろうな。 そう思ってぼーっと眺めていれば。 「ふろは?」 目蓋を閉じた兄に、唐突に話しかけられた。 寝惚けているからか、普段よりもどこか話し方が辿々しい。 「とっくに入ったよ」 「なんで?」 「はい?」 なんで、とは? 「ふろは?」 あー意思疎通が図れませんねぇ、会話のドッジボールです。 「入ったんだってば」 「……」 しかも返事がない。 一方的に会話を切られたらしい。 ――それからまた暫くが経ったときだった。 「……」 兄が再び重そうに目蓋を開いた。 もちろん意識は微睡んでいる状態で。 けれど先ほどよりかは冴えているのか、僕を見た後少し辺りを見回すような仕草をしてみせた。 そして、 「あめとって」 と、唐突に要求してきた。 しかも要求しながら自分でサイドテーブルに置いてあるガラス瓶に手を伸ばして、勝手に中から一粒をつまみ取っていらっしゃる。 「……」 うつらうつらとしながら、兄は力無さげな指先で包装紙と格闘を始める。 くしゃくしゃと紙が鳴るばかりで思い通りに破れない辿々しさは、もう赤ちゃん同然の様です。
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