◯月△日

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寝惚けながらの健気な格闘の末、兄はようやく包装紙を破いた。 切れ目から、レモンの飴玉が顔を出す。 「ん」 その飴玉を、兄は何故か僕に手渡してきた。 裸になった飴玉が僕の手のひらで転がる。 は? 「なに、いらないの?」 怪訝になりながら訊ねる。 そんな僕を無視して、寝惚けた兄はおもむろに包装紙を自身の口元へと持っていった。 は? 「こらっ」 あーいけません、これはいけません。 この人うとうとの余りに飴玉と包装紙を間違えています。 僕に紙くずを捨てさせようとして飴玉を手渡しています。 これはもう洒落にならないポンコツっぷりです。 寝惚けているからって何でも許されるわけではありません。 「手離してっ」 兄の手から無理やり包装紙を奪い取る。 思いがけない奇行に動揺している僕を余所に、兄は呑気に夢うつつの状態だ。 「紙なんて食べちゃ駄目、そもそも寝てるときの飴なんて駄目! 喉に詰まったらどうするのっ」 「うん…?」 「うん? じゃありません!」 「ん」 相変わらずのうわ言のような返事をするおねむな兄。 小さな子供の誤飲誤嚥を警戒する親の気持ちが今なら分かる気がする。 今の兄の知性は、飴玉を与えてはいけない幼い子供と大して変わらないのだ。 ――事故を未然に防ぐために、飴玉をストックしたガラス瓶をサイドテーブルから移動させた。 当の兄は飴なんか忘れたように、今はもぞもぞと枕の下に頭を潜らせている。 中々シュールな光景だ、モグラみたい。 …けれどそこでようやく落ち着いたのか、眠っている兄の度重なる奇行はぴたりと収まった。 (眩しかったのかな) 枕の下で大人しく熟睡している兄を、頬杖をつきながら眺めて思う。 兄は部屋の明かりが眩しくて、それで中途半端に眠れなかった結果あんなアホみたいな寝惚けっぷりを晒していたのだろうか。
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