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「んー…」
微かな声を零しながら、兄は枕の下で小さな寝相を打つ。
その枕をずらして、僕は横たわっている兄の寝顔を覗き込んでみた。
…なんとまぁ、安心し切った寝顔だ。
僕の部屋で僕のベッドで僕が傍にいるというのに、無防備が過ぎるんじゃないだろうかこの人は。
「にーさん」
そっと呼びかけて、顎下をこしょこしょと擽る。
そうしてちょっかいをかける僕の手を、兄は眠りながらも嫌がるように払ってくる。
けれどそれでも止めずにいると、今度は僕の手をきゅっと握り締めてきた。
(えー、何それ可愛い)
指先をひっ捕らえてきて離さない温かい圧力。
思いがけない萌えを前に、顔もすっかり綻んでしまう。
…こんなこと、普段の兄なら絶対にやってこない。
頑固で恥ずかしがりで、不器用なほど見栄っ張りで。
いつも自分を律しようとするせいで、上手く甘えられない人だからだ。
……意識が”おねむ”になっている兄さんの一面を初めて目の当たりにしたのは、数ヶ月ほど前のこと。
退勤寸前だった僕が急遽民間トラブルの対応に入り、帰るのが遅くなった日だった――。
『ぴゃあああー!』
家に入って人心地がついた僕の元に、ノラくんが荒々しい足使いで駆け寄ってきた。
『ぴゃあ! ぴゃー!』
『なに、どうしたの? ノラくん』
ただ事じゃない、切羽詰まった鳴き声を上げるノラくん。
怪訝に思いながら玄関から上がると、ノラくんは僕を振り返りながら家の奥へ進もうとする。
案内するような仕草を察し、僕はノラくんの後に続いた。
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