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――目蓋を閉ざして身体の辛さをやり過ごしている間に、少しばかり眠っていたようだ。
寝起きで気怠い身体をのろのろと起こせば、何か柔らかいものにぶつかった。
遊び飽きたらしいノラが、俺のすぐ傍で丸まって眠り込んでいた。
おもむろに手に取って確認した携帯は、昼食時の12時を示している。
けれど喉の鋭い痛みのせいか発熱による全身の倦怠感のせいか、胃は空っぽだというのにちっとも食欲が湧かない。
”しんどくても、ちゃんとお昼ご飯は食べなきゃ駄目だよ”
”ちょっとでもいいから絶対食べてね、絶対だよ。食べないとか無しだからね”
”約束だからね?”
……家を出て行く那月の心配そうな姿を思い出す。
しつこいほど念を押してくる彼に向かって、わかってるからなんて言って流した自分の姿のことも。
(……どうしようかな)
あんなあしらい方をしてしまった以上、約束は守るしかない。
守らなかったら後が怖い。
でもこんな調子で昼食を摂るのは億劫だ、なんなら夕食もいらない。
病気の身体に栄養を与えないなんて愚行もいいところだが、食べてる余裕があるなら1分でも長く眠っていたい。
食べる作業が怠くて、面倒とさえ思ってしまっている自分がいる。
(……あ、食べたってことにしようかな)
しんど過ぎて、少量すら口に入れられなかった。
…そう言いながら落ち込んだ表情をしてみせれば、さすがに免除してくれるのではないだろうか?
とうとう食欲不足の余りに、バレたら確実にこっぴっどく搾られる邪な案が脳裏に浮かび上がる。
――そのとき、携帯の着信音が鳴った。
「…え…、い、依月?」
珍しい着信相手に目を瞠る。
出ないわけにもいかない。
というか、出ない選択肢がない。
着信が切れるのを恐れて、俺は急いで携帯を手に取った。
「もしもし?」
『おお、お兄さん。久し振りだなー』
あ、本当に依月だ…!
未だこちらからは気楽に連絡出来ず、離れて暮らしているから顔もまともに合わせられない。
関係を大切にしたいのだけれど、俺からはどうしても積極的に接することが出来ないでいる。
そんな相手である弟の依月からのまさかの連絡に、熱にうだっていた俺の気分が一時的に晴れた。
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