△月○日

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ここまでしてみせても、美鷹香月の閉ざした心は未だ頑ななものだった。 けれど憔悴しきった姿を見るに、それも長くは保たないだろうと推測した。 全てが終わるまで、もう時間の問題だ。 というのもそれは決して、耐え兼ねた美鷹香月が弟に助けを求めて全てを話すという終わり方ではなく。 ただ独りで静かに心が壊れるという、一番最悪な終わり方だろう。 そうなってしまっては、誰も報われない幸せになれないで意味がない。 「僕を弟さんに会わせてください」 暫く考えたのち、俺は少し強引な手段を取ることにした。 手っ取り早く、美鷹香月の弟との直接交流に挑むことにしたのだ。 「予定、訊いておいてくださいね」 最悪な要望を前に、青ざめた表情でこちらを見上げる美鷹香月。 そんな彼に俺は後ろめたさを感じつつも丁寧に微笑み、その日の道化師を終えた。 ――…さて、無理やり約束を取り付けた以上、場を設けるのはこちら側でなくてはならないだろう。 ということで帰宅した俺は、落ち着いて話せるような料亭の検索をしていた。 個室がいい、後 騒ぐような人間が来ない所、と…。 (ナツキ、か…) 美鷹香月の弟…看護師の子らいわく、名前は美鷹ナツキ。 あんなにボロボロになってまで美鷹香月が守りたい愛する弟とは、一体どんな人物なのか。 まぁ、あのときに見た柔らかな笑顔を思い出すに、好青年であるのはまず間違い無い。 閉鎖的な美鷹香月が惹かれるのだから、もちろん優しくて器量も良いのだろう。 (しかし) しかしその優しく器量もあるであろうその人は、昨日今日の美鷹香月の異変に気付いているのだろうか? 今日も憔悴しきって何とか帰宅したはずだが、その様子に不審感は抱いただろうか。 ――ここで一旦、俺は料亭探しを中断した。 そしてそのまま、翌日。 「来週の木曜日、夕方以降でお願いします」 勤務上がりに訪ねた院長室で、美鷹香月に約束の日程を告げられた。 「夕方ですね。わかりました」 微笑みながら了承しつつ、俺は美鷹香月の首元をちらりと盗み見た。 よしよし、前日につけた首筋の痕はちゃんと綺麗にタートルネックで隠れている。 あの位置なのだから、捲られでもしない限り外気に露呈することは無いだろう。 良かった、美鷹香月が周りの人間に囃し立てられることもない。
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