△月○日

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――その日俺は急いで病院を出た。 外来が終わって勤務から上がる直前に、患者が飛び込んできたのだ。 到底 約束の時間には間に合わない。 仕方がないことと言えば仕方がないことなのだが、待たせている以上申し訳なさを抱く他なかった。 美鷹兄弟が一足先に待っている店の暖簾を潜り、店員の案内を受けながら奥へと進む。 一歩ごとに、医者から一般人の自分へと気持ちも切り替わっていった。 ――…さて。 「すみません、お待たせしました」 大きな音が出ないよう襖を引き、俺は謝罪と共にいよいよ部屋の中に顔を出した。 座卓を中心に置いた、四畳程度の座敷。 奥に、表情を緊張させた美鷹香月が座っていた。 「こんばんは」 そして、美鷹香月の隣からさっと立ち上がり、出入り口に立っている俺を迎え入れてくれる青年。 「初めまして、弟の美鷹那月です。いつも兄がお世話になっています」 以前よりもずっと近くで見る、明るい髪色と柔らかで好意的な笑み。 「初めまして、こんばんは」 この人が、美鷹那月。 美鷹香月が、途方もなく愛する弟――…。 「お疲れでしょう、どうぞ座ってください」 立ちっぱなしの挨拶も手短に、美鷹那月は俺を向かいの座椅子へと促してくれた。 そこはさっきまで彼が座っていたであろう場所で、美鷹香月の隣の席だった。 「ほら兄さん、奥詰めてあげて」 弟に促された美鷹香月は、多少表情を曇らせながらも言われた通りに動いた。 「失礼します。…院長、遅くなってすみませんでした」 「…いえ、お疲れ様でした」 明らかに嫌がられてるものなので、その隣に腰を下ろすのはさすがに気が引けるなぁ、と、俺は胸中で苦笑していた。 そして美鷹那月はといえば、座卓を挟んだ向かいの、出入り口側に腰を下ろしていた。 おそらくそれは、俺と美鷹香月への配慮のつもりだったのだろう。 その様子を見るに、どうやら美鷹那月は俺に対して警戒心を抱いていないように思えた。 つまり美鷹香月は、紹介したい人がいる程度にしか俺のことを伝えていなかったということだ。
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