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――今日をきっかけにして、美鷹那月とコミュニケーションを重ね。
それなりに仲を深めて、彼が決して兄を軽蔑しない人物だと信頼した頃…。
俺は美鷹那月に、俺の悪行を告げるつもりでいた。
俺がどんなやり方で美鷹香月の恋人になったか、彼にどんな仕打ちをしたか。
何故 美鷹香月がそれでも俺に従っているか。
最初から最後までの全てをだ。
真実を知った美鷹那月が怒りに血相を変えて、畜生そのものの俺から大切な兄をひっぺ剥がしてくれることを狙って。
”転”へと向けて伏線を張るように。
そのために、俺は彼に会いにきたのだ。
……そのつもりで会いに来た、けれど。
美鷹那月は今、兄の様子にまるで気付いていない。
普段から限りなく近しい場所にいるはずなのに。
美鷹香月はこんなにSOSを送っているというのに。
「一色さんは、本当に兄のことを大切に想ってくれているんですね」
安心したように微笑む美鷹那月は、兄を大切に思っている。
それは話している感じで伝わって来ていた。
「ええ。院長は僕にとって、とても大切な方です」
しかし…、こんなにも分かりやすい美鷹香月の異変に気付かないのなら。
明らかな顔色の悪さを気にも留めていないなら。
美鷹那月が、その程度の人物なら。
「この人には、共に生涯を歩む最後の相手になってほしいと思っていますから」
果たして美鷹香月の想いは、成就するべきなのだろうか?
「………すみません、ちょっと手洗いに…。……直ぐ、戻ります……」
美鷹香月が、部屋から出て行ってしまった。
唐突だったが、無理もないだろう。
彼にとってこの空間は、ただひたすらに心が傷付くだけの地獄でしかないのだから。
「……院長。大丈夫でしょうか? どうも顔色が優れないように見えましたが」
和やかな雰囲気が一変して淀む中、俺は探りを入れるように言葉を発した。
なのに美鷹那月は、平然とした表情でウーロン茶を飲んでいたのだ。
……俺はとうとう、美鷹那月への失望を感じた。
呑気もここまで来ると、ただのマイナス要素だ。
こんな人が、美鷹香月の好きな人だと言うのか。
「――兄さん、ここ最近ずうっとあんな顔をしているんですよねぇ」
これじゃあ、美鷹香月が報われなさ過ぎる。
こんなことなら。
あの人のことは。
いっそ――…。
「ご覧の通り、繊細な人なんです。余り虐めないでやってもらえませんか」
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