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「よく…、お兄さんのことを見ていらっしゃるようで」
すらすら述べられた的確な言葉達に、俺は内心でひとつふたつのささやかな拍手を贈った。
「あの人の苦しみひとつ見逃すような僕なら、一緒にいる意味がないので」
あっけらかんとしてそう言いながら、美鷹那月はにこりと笑った。
…柔和な雰囲気に見え隠れする、シビアな部分を感じ取ってしまったからだろう。
俺は彼の瞳と言葉に宿る底知れない説得力に、妙な圧倒感を抱いていた。
「…キスマークかぁ。見えない所に付けたんですけどねぇ」
溢した苦笑いは、半ば降参の意を含んでいた。
それ以上、しらばくれる気にもならなかったのだ。
俺だって元より、暴かれることを望んでいたのだから。
「確かに普通にしてたら見えない所でした。なので無理やり見させてもらったんです」
「………無理やり?」
「はい」
言葉回しに目を丸くした俺に、美鷹那月は頷いて続けた。
「寝ている兄の部屋に忍び込んで、服をひん剥きました」
「は…、わざわざそこまでしたんですか?」
「ふふっ、当然でしょう」
そう笑う彼は、至極楽しそうだった。
「僕の前で首元まで服を着込んで、健気に見られたくない身体を隠すんですから。そんな生温い嘘なんて、許さないに決まってるじゃないですか?」
柔らかく、優しい笑顔。
だけどその笑顔はそれだけじゃなかった。
それはきっと、ひどくおっかないものだった。
「だから、残念でしたね。一色さん」
――…いわゆる、”ヤバイ”とでも表現するのか。
自分の中の本能が訴えかけてくるようだった。
”彼の存在を前にして、安易に美鷹香月に手を出さない方がいい”と――。
「……残念。ははっ、そうですか」
美鷹那月。
彼は決して、ただの人懐っこい好青年ではなかった。
けれど苦しんでいる兄を見過ごすような、つまらない人間でもなかった。
……むしろ、彼ほど兄という身内を隈なく見ている人間は、滅多にいないのではないのだろうか。
無防備に眠っている兄の服をひん剥いてまで、ひた隠ししている事情を暴こうとする人間はいないのではないだろうか。
「那月さんは、兄想いな方なんですね」
見限って失った評価が、瞬く間に高く上っていく。
「おかげで、話が早く済みそうですよ」
貰った分の微笑みを返すように、俺は目を細めて口角を上げた。
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