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「ご名答。あなたの言う通りです」
美鷹那月の推測を全面的に認め、俺は彼に賞賛の意味を込めてささやかな拍手を贈った。
「院長…あなたのお兄さんはね、とある秘密を抱えているんですよ。それは周知されてはいけない弱味でもありましてね。
ご存知でしたか? …いや、知らないでしょうねぇ?
身内のあなたにすら打ち明けられないような秘密であり、弱味なのですから。
……あぁ、ご安心ください。犯罪絡みではありませんよ?」
美鷹那月は何も言わなかった。
何一つ口を挟まず、べらべら喋る俺の様をただ静観していた。
「僕はそれを本当に偶然知ってしまいましてね。
その時のあの人ときたら。
普段からは想像出来ないほど必死で縋ってきましたよ。
悲痛な顔で、”お願いだ、どうか他言しないでくれ”ってね。
正直…、その姿にはかなりそそられましたよ」
俺は今、地雷原を全力で駆け抜けるようなことをやっている。
「だから僕は口止めの対価を戴いたのです。タダで黙っていろなんて横暴でしょう? フェアではないじゃないですか?」
いつ胸ぐらを掴まれるか、前歯が折れるほど殴られるか。
構えながら減らず口を叩くのは、中々のチキンレースだった。
「あなたのお兄さんの容姿、文句なしの逸品ですよね。狙って撃沈した人、多いと思いますよ。
そんな美人さんをあんなくだらない弱味ひとつで思い通りに出来て、僕は本当に運の良い人間だ。こんなに楽しいことはありませんよ」
俺は徹底的に彼の神経を逆撫でる言葉を選び続けた。
…なのにどうしてか、手応えがなかった。
俺がこんなに煽り散らかしているというのに、美鷹那月の態度は落ち着いていて、まるで他愛ない世間話を聞いているようだった。
この違和感は…、一体なんなのだろうか。
「――ひとつ、訊いてもいいですか?」
静観していた美鷹那月が口を開いたのは、一頻りの相槌を俺に打ち終わった後のことだった。
「はい、何でしょう?」
「どこまでやりましたか?」
「………はい?」
「えっとですね、つまり。兄と、最後まで”ヤ”ったんですか?」
……聞き直しはしたが、もちろん、その意味が分からない訳ではなかった。
分からないのは、このタイミングでそれを訊く彼の思考回路だった。
美鷹那月は下半身旺盛か? もっと訊き出すべきものが別にあるはずじゃないか。
「…ご安心ください。 まだですよ」
「へぇ、”まだ”なんですか? 思い通りに出来るのに?」
「ええ。あの人は僕から離れられない。ゆえにこちらが焦る必要はありませんから。所有の証として、初日にキスマークをつけただけですよ」
「なるほどなるほど。…そうですか、よくわかりました」
嫌味ったらしい俺の受け答えに、彼は納得したように頷いた。
それは好意的なリアクションであると同時に、俺にとってなんだか腑に落ちないものでもあった。
「”よくわかった”…。ならば那月さん、どうしますか? 僕に縛られて酷い仕打ちを受けている大事なお兄さんに、あなたは一体何が出来るんですか?」
掴みかかるどころか、怒る素振りもなく。
ここに至るまで一度も、俺にとっての理想の反応を見せてくれなかった美鷹那月。
そんな彼に痺れを切らした俺は、とうとう直球で訊ねた。
もういいだろう。
さっさとこの茶番を終わらせてくれ、と。
しかし美鷹那月は。
「何が出来るか、ですか?」
どうしてだか可笑しそうに小さな笑みを落とし、
「何も出来ないし、しませんよ。そんなもの、必要ないみたいですから」
またもや俺の期待を裏切ってくれた。
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