第1章

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もう十月を過ぎるこの時期。何故こんなに手が汗ばんでいるのか分からない。右手だけではなく、両手とも汗ばんでおり、両方の手の平をじっと見つめると、全身を悪寒が駆け巡る。 風邪のひきかけかと、自身の体の不自然さに首を傾げつつ、ひとまず汗を洗い流そうとシャワールームへと向かう。 汗で湿った服を脱ぎ、下着も脱いで洗濯機に放り投げた。シャワールームのドアを開けた瞬間、見慣れた顔が目に飛び込んだ。 同じクラスで始めの頃、一緒によく遊び、俺がいじめにあっていた時は、とても心配してくれていた友人だ。名前は尚樹。 今は、口元からだらしなく涎を垂らし、手足はまるで人形のように、ぴくりとも動かない。眼は焦点が合っておらず、息の根が止まっている事は明白であった。 かつての友人だった物を見る視線がある。俺自身だ。絶命し、頬には涙を流した跡も残っていた。 「あ。そっか」 頭の後ろを掻きながら、他人事のように先程の聴覚の鋭さを思い出した。 人間、死の瀬戸際になると感覚がかなり研ぎ澄まされると言うが、あれはその一種ではないだろうか。 数時間前に、突然尚樹が俺の部屋に上がり込んできた。怒りの形相を浮かべ、俺に詰め寄り、幾度となく疑問をぶつけてきた。 どうして俺を裏切った。どうして俺を殴ったり、蹴ったりする。どうして他の奴らと一緒にその様を見て、豪快に笑える。 涙を浮かべながら、必死に下らない疑問をぶつける尚樹がうっとおしいと思った。非常に面倒だとも思った。 俺は最早勝者であり、敗者の惨めな小言を聞く耳は持たなかった。 俺は、尚樹にすぐに出て行けと恫喝し、腕を引っ張り追い出そうとした。 すると、あろうことか尚樹は俺の腕を振り払うと、両手で俺の首をがっちりと掴んで絞めあげようとした。 呆気に取られ、すぐに反撃は出来なかったが、死を回避する為に、すかさず俺は尚樹の首を両手で絞めた。 力は俺の方が勝ったようで、俺の首を絞め続けていた両手の力は緩み、尚樹は口元から泡を出し、両目を見開きながら息絶えた。 朦朧とした意識の中で、尚樹だった物をシャワールームまで引きずり込み、ドアを閉めた。疲れがたまったせいか、それとも、死の呼び声が高まったせいかは分からない。急激な倦怠感が俺を襲った。
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