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相当疲れていたのか、夕方に一度起きて、すぐにまた布団に戻った。
そして次に朝を迎えたとき兄はいなかった。自分が寝ている間に家を出たのだろう。顔を合わせにくいのに加えて、きっと見送りなんかしたら自分は泣いてしまう。それをわかっていたのだろう。
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要、高校三年の春。
兄が所属していたテニス部に入部した。三年になって入部なんて、と驚かれたが、もともと運動神経はよかったのですぐにレギュラーを勝ち取った。兄が部活に在籍していたときに、残した記録はすべて自分が塗り替え、半年もたたずに辞めた。
その間に兄に好意を持っていた女に近づいた。『獅子ヶ谷徹の弟』というだけで、その後も女に不自由はしなかった。家に連れ込んで女を抱くときは、決まって兄のいない兄の部屋で抱いた。そして最後には必ず聞いた。――『兄ちゃんと僕、どっちがよかった?』
そして、女とは後腐れなく別れた。それは兄に学んだことだ。
卒業する頃には兄のことを知る人間は少なくなり、もう『獅子ヶ谷徹の弟』として自分を扱う人間はいなくなっていた。
そして、高校卒業。
ボタンをすべて剥ぎ取られた学ランを眺めながら、一人呟いた。
(まだ足りない)
大学は地元ではあるが、難易度の高い大学の法学部に入学した。兄のいない環境でもっと自分を磨き、兄より優れた人間になりたい。その一心で学歴も兄を超えた。
好きだった気持ちは別のカタチで花開いた。
自分の中の目標はすべての人が兄よりも自分を選ぶ世界で、自分を選ばなかった兄を後悔させたいと。
その先に何が見つかるのか、今はわからない。
けれどそうでもしないと、兄への恋心を消すことはできなかった。
自分の中に芽生えていた恋心は咲くことはなかった。この先、兄以外の誰かを想って、いつか花が咲くことがあるだろうか。
その日までは兄の背中を追いかけていこうと思う。
FIN
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