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「寝てた? もしかして具合悪い?」
「ううん、さっき起きたところ」
「いい身分だな。こっちは退屈な卒業式してたってのに」
兄は、笑いながら部屋のベッドに腰かけた。立ち尽くしていた自分も兄の隣に座る。
制服姿の兄をこんなに近くで見たのは久しぶりだった。そしてすぐに、兄の制服がいつもと違うことに気づいた。
「ボタン……」
「ああ、引きちぎられたぜ。あいつら容赦ねーのな」
兄の学ランは、すべてのボタンがとられていて、心なしかヨレヨレになっているようだ。相当、もみくちゃにされてきたのだろう。兄が大勢の女に囲まれているだけではなく、さらにボタンの争奪戦になっているだなんてつくづく卒業式には行かなくて正解だったと思う。
「おまえ来ないから、とりあえず避けておいた」
兄は自分の前に握りこぶしを差し出したので、思わず手を出す。ころりと落ちてきたのは、制服のボタンだった。
「え?……」
「二年間俺の弟ってことでメーワクかけたしな。たぶん第二ボタン」
「もらっていいの?」
「なんかあったら売れ。今なら金になるぞ」
兄は悪戯っぽく笑った。
第二ボタン。一番胸に近いとされる、そのボタンは本命にしか得られる権利がないと聞く。
兄の第二ボタンが自分の手の中にあるなんて。
「ありがと。大切にする」
「本当に、俺は好き勝手やってきたからな。悪かった」
一度も兄に謝ってほしいだなんて思った事はなかった。
それに、自分はそのおかげで、得るものがあった、だなんて言ったら、兄はどんな顔をするだろう。
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