第3章:弟からの最後のおねがい

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「俺は家を出ちゃうけど、母さんのこと頼むな」  兄は真面目な顔で、ぼそりと呟いた。こんなときにまで母に心配をするのか。  それにあのときは一方的に自分が悪かったというのに。 「……ごめん」 「何が」 「あのときは、俺がおとなげなくて」 「仕方ないだろ。取り乱して当然だと思う。結果、おまえだけに言わなかったのはよくないよな」  兄は昔からそうだった。優しかった。会話をする時間がなかっただけで、兄はちっとも昔と変っていないのだ。 (今なら言える?)  心臓が早鐘を打つ。  もし、このまま押し出されるように自分の気持ちを言えたら。  その気持ちを兄が受け入れてくれたら。  長年の思いをすべてぶつけることができたら。 「あのとき、驚いたのもあるんだけど、気が動転したのもあるんだ」 「そりゃそうだと思う」 「違うんだ、母さんのことじゃなくて……その兄ちゃんと血のつながりがないことに」 「うん」 「兄ちゃんを好きでいてもいいんだって」  兄の顔なんて見る余裕はなかった。  自分の足元に視線を落としたまま、それでもしっかりと兄の耳に届く声の大きさで呟いた。聞こえていないはずはない。それでも兄からの返事はなかった。 「俺、兄ちゃんのこと……」 「気づいてた」 「え?」  思わず兄の顔を見る。兄も自分と同様に、足元に視線を落としていた。とくに驚きもせず、微動だにしなかった。 「自分に好意を持ってる視線っていうのかな、そういうのわかるんだ」 「あ……えっと」 「おまえに関しては、そうじゃないといいなと思ってた」 (あ……)  淡く灯った桃色の想いは瞬く間に消えた。  気持ちが伝わっていたと思った瞬間、すぐに否定をされるとは思わず、まだ頭がついていかない。
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