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「俺は家を出ちゃうけど、母さんのこと頼むな」
兄は真面目な顔で、ぼそりと呟いた。こんなときにまで母に心配をするのか。
それにあのときは一方的に自分が悪かったというのに。
「……ごめん」
「何が」
「あのときは、俺がおとなげなくて」
「仕方ないだろ。取り乱して当然だと思う。結果、おまえだけに言わなかったのはよくないよな」
兄は昔からそうだった。優しかった。会話をする時間がなかっただけで、兄はちっとも昔と変っていないのだ。
(今なら言える?)
心臓が早鐘を打つ。
もし、このまま押し出されるように自分の気持ちを言えたら。
その気持ちを兄が受け入れてくれたら。
長年の思いをすべてぶつけることができたら。
「あのとき、驚いたのもあるんだけど、気が動転したのもあるんだ」
「そりゃそうだと思う」
「違うんだ、母さんのことじゃなくて……その兄ちゃんと血のつながりがないことに」
「うん」
「兄ちゃんを好きでいてもいいんだって」
兄の顔なんて見る余裕はなかった。
自分の足元に視線を落としたまま、それでもしっかりと兄の耳に届く声の大きさで呟いた。聞こえていないはずはない。それでも兄からの返事はなかった。
「俺、兄ちゃんのこと……」
「気づいてた」
「え?」
思わず兄の顔を見る。兄も自分と同様に、足元に視線を落としていた。とくに驚きもせず、微動だにしなかった。
「自分に好意を持ってる視線っていうのかな、そういうのわかるんだ」
「あ……えっと」
「おまえに関しては、そうじゃないといいなと思ってた」
(あ……)
淡く灯った桃色の想いは瞬く間に消えた。
気持ちが伝わっていたと思った瞬間、すぐに否定をされるとは思わず、まだ頭がついていかない。
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