第1章:モテる兄を持つ弟の苦労

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 中学の頃、兄とはよく比べられた。  先生も自分を獅子ヶ谷徹の弟として扱ったし、兄の同級生が『獅子ヶ谷の弟』として声をかけてくることも多かった。顔も整っていて、性格も明るく、リーダシップのある兄は学校内でも有名だったので、自分まで有名になった気分になった。  それに兄はとにかくモテた。自分に手紙を差し出し『お兄さんに渡してほしい』と言われたことも多い。そんな兄は自分にとって自慢の兄だった。  だから、高校になったら、同じような扱いを受けるだろうと思っていたのに違った。  昔、好意的だった獅子ヶ谷徹の弟という肩書は、高校では好奇の目に晒された。入学した途端『あの獅子ヶ谷徹の弟』という扱いは、今までと違った。獅子ヶ谷徹という男は、とにかく女性にモテるがヤリチンで、女を吐いて捨てる、特定の女を作らない。気が進まないことがあればすぐに手が出る喧嘩っ早さを持ちながら、要領がよく、頭の回転がはやいが、成績はそれほど良くはない。人望は厚いのでクラスの人気者ではある。  当然、前者の悪評のほうが先行しているため、獅子ヶ谷徹の弟である獅子ヶ谷要は『ヤリチンの弟』である。それでも兄に憧れていたのと、兄の弟であることが恥ずかしくないように、外見には気を遣っていたこともあって、『弟もイケメンで、あの兄と同じ部類』という目を入学早々に向けられた。  兄に比べられることが一転して苦痛になった。  入学してすぐに眼鏡をかけるようにした。目は悪くないのに、母にねだった。とにかく『獅子ヶ谷徹の弟』という肩書を少しでも薄くしたかった。  比較対象のものについては、努力して兄を越えようとした。特に学業については兄に勝った。兄に比べて頭のいい弟。自分の残されたアイデンティティはそこだけだった。  自慢の兄は、その後もあいかわらすだった。  今日は誰を抱いただとか、放課後にはどの女と歩いていただとか、自分は興味がないのに情報だけは耳に入ってきた。
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