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「母さん、ほっときなよ」
「痛ってぇ……」
兄に殴られたことなんて、初めてのことだった。
「血のつながりがないからなんだ。俺は少なくとも母さんに感謝してる。大事なのはそこじゃないだろ」
「兄ちゃんは知ってたからそんなこと言えるんだ!」
「母さんも悪いよ、大事な書類出しっぱなしだったの?」
「ごめんなさい……」
「おい、無視すんなよ! 聞いてんのか……ぐわっ!」
今度は兄の蹴りが自分のみぞおちに直撃する。息ができないほどの強い蹴りに、思わずせき込む。
「まだグチグチ言うなら、もう二、三発殴るぞ」
「徹、もうやめて!」
母親の声は涙声だった。
要は床に倒れこんだまま、兄を見上げた。その顔は恐ろしいほど冷たく、この後も容赦なく殴られそうなほど殺気に満ちていた。兄はそれほど感情を表に出さないが、本能で悟った。逆らってはいけないと。
「俺、上京するから、この家を出る」
「え……」
「俺を憎むなら憎め。好きにすればいい」
兄はそれだけ告げて、母から書類を受け取り自分の部屋に戻っていった。母は、自分と兄の間で崩れるように泣き出した。
そのすすり泣く声を聞きながら、自分はよろよろと部屋へ戻った。
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