プロローグ

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 アパートの部屋も前に暮らしているのと同じらしいけど、こうして玄関を開けて閉めても外観の剥げて塗装前の色がほとんど見えているのを見ても、古く劣化している踏むとギシギシと不安定な音が鳴る錆だらけの鉄の階段を下っても思い出す気配もない。  自分が過去のことを積極的に思い出そうとしていないせいなのか、前の俺が思い出すことを拒んでいるのかわからないけれど、どちらにしても結果は変わらない。  記憶を思い出せない、それだけだった。  今日もきっと彼から思い出せたかと急かすメールが来るのだろう、メールだけなら良いが電話が来られたら面倒だ。  前々から両親の古くからの知人であると言う彼は祖父よりも粘着質に嫌味を言いながら、自分に思い出すことをすごい強要してくる、なんと言うか、執着がすごい。  母の父であると言う祖父も俺のことを責めていたけれど、彼ほどではない。正直祖父もあまりの執着ぶりに彼のことをひいていたのではないかとも思う。  ……それは祖父が俺のことを心配しているんではなくて彼がそのぐらい異常に見えたからである。憎しみはきっと祖父のほうが強い感情を持っていたのではないか。今となってはわからないけれど。  階段を下り切って最寄りの駅まで歩く。  今日は晴天だったが、さすがに17時過ぎているので薄暗く風も冷たく感じた。     
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