一皿目・魔法の卵サンド

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カウンターの奥には厨房へ続く戸口があり、唐草模様の暖簾がかかっている。 それをくぐって、昔と変わらない水色のタイル張りの古びた厨房に入り込んだ。 銀色の大型冷蔵庫や木製の調理台は、今も変わらずあるようだ。 それらを見回すと、厨房の片隅にひっそりと椅子に座り込む人影を見つけた。 腕組みをしたその人は、天井に向けた顔に漫画雑誌を乗せている。 寝ているのだろうか。 白いコックコートを着ているということは、ここの料理人なのだろう。 足を開いて顔を上に向ける男を観察していると、男が船をこいだ拍子に漫画雑誌が彼の膝へ落ちた。 「ん? お客さん、勝手に厨房に入られると困りますよ」 ようやく目覚めた男が眠たげな視線を私に向ける。 「貴方は……!」 その顔を見た瞬間、脳裏に幼い頃の記憶がよみがえる。 切れ長の目と、黒猫のような柔らかな髪。 小学生ながらに大人っぽい顔つき。 笑うと年相応な少年の顔になること、料理が大好きなこと。 彼との出会いや喫茶店での思い出は私の大切な宝物の一つだ。 「あ、紹介してなかったな。こいつがうちの料理長の銀山――」 「銀山鉄平」 厨房へやってきた藁島の声にかぶせ、彼の名を呼んだ。 彼はわずかに眉をひそめた。 じっと、私の顔を睨みつけるように見る冷たく無愛想な表情は、子供の頃とはすっかり変わってしまっていた。 それでも間違いない。 彼はあの銀山鉄平だ。
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