93人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれ、知り合い?」
見つめあう私たちの間に、藁島が割り込んでくる。
「知り合い……って、ほどではないけど、顔ならよく知ってる。元天才料理少年として、たまにテレビに出てたから」
銀山鉄平と言えば、昔はちょっとした有名人だった。
子供の頃にテレビに出演していた彼のことを、今でも覚えている人は少なくないだろう。
特に当時、料理人を目指して彼に憧れていた子供ならなおさらだ。
「へぇ、そうなの?」
「昔の話だ」
冷たく答えた銀山鉄平――鉄平君は、ふたたび漫画を顔にかぶせようとする。
その前に、彼から漫画を取り上げた。
眠りを妨げられて不快そうに眉間にしわを寄せる彼を、私は見降ろす。
彼には聞きたいことがたくさんあった。
その中でも、最も知りたいことを尋ねる。
「天才少年と謳われた貴方が、本当にあんなにまずい卵サンドを作ったの?」
「いや、あれを作ったのはこいつじゃないよ」
鉄平君の代わりに応えたのは、藁島太陽だった。
藁島は鉄平君の隣に立つと、彼の肩に手を置いた。
「銀山鉄平は料理をしない料理人になったんだよ」
彼の言葉に頭を鈍器で殴られた気分だ。
大好きな喫茶店も大切な人もすっかり変わってしまったらしい。
まるで私の大切な思い出が、苦い焼け焦げた卵サンドのように台無しにされたようだった。
最初のコメントを投稿しよう!