93人が本棚に入れています
本棚に追加
「――待って!」
私の呼び止めた声に、戸口に手をかけていた愛花ちゃんが振り向いた。
真ん丸な瞳が私を見つめる。
「料理を作れる人間なら、ここにいる! 私でよければ、作るよ。スフレオムライス」
私は気づくと思わず口走っていた。
「本当ですか!」
言ってしまった。
華やかで瑞々しい笑顔を満開にした愛花ちゃんに、冷や汗が流れる。
口にしたことは今更取り消せない。
それに、この笑顔を見ておきながら後に引けるわけがない。
覚悟を決めた私ははっきりと頷いて見せた。
「明日のお昼に魔法のランチを作るから、楽しみに待っててね」
「あ、ありがとうございます!」
愛花ちゃんが深々と頭を下げる。
「楽しみにしています!」と言い残し、顔を上気させた彼女は喫茶店を後にした。
(覚悟を決めるしかないか)
今度は私が頭を下げる番だ。
「藁島太陽さん、お願いがあります。明日までの間、ここで働かせてください!」
従業員でもないくせに、勝手なことを言っているのは分かっている。
普段の私からは考えられないくらい、常識はずれな行動だ。
分かっていても、彼女を見過ごすことができなかった。
母にお別れを言えなかった自分と重ねているだけではない。
あの瞳に満ちた勇気をこの手で外に出してあげたくなった。
それに、彼女には私の大好きなこの喫茶店を好きでいてほしい。
身勝手な理由だと思われるのも覚悟のうえで、私は藁島に頼み込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!