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「うーん、そうだなぁ……。おっけぃ!」
「えっ、いいの!」
藁島は親指を立て、私に向かって突き出した。
予想以上にあっさり許可が出たことに驚き、思わず聞き返す。
「何を隠そう、実はガキの頃、ドロシーちゃんのことが好きだったんだよね」
「う、うそ?」
「うん、ウソ!」
引っかかった? と、笑う藁島に子供時代の彼の顔が重なる。
身もだえるほど苛立つこのノリは、相変わらずのようだ。
藁島太陽、大人になってもやはり苦手だ。
「冗談はこれくらいにして。ドロシーちゃんって東京のレストランで働いてたんだろ? そこが潰れて今は失業中なんだって? 大変だねぇ」
藁島は急にまじめな――悪だくみを思いついたような顔に変わる。
「どうして、それを?」
「東京に行ってた間に、田舎の情報網を忘れた? 何でも筒抜けだよ……ってのは半分ほんとだけど、実際は正信さんに聞いたんだよ。うち、正信さんとこの定食屋に夕食のデザート用のプリンを卸してるから」
妹の個人情報を流すなんて、しかも天敵に。
お兄ぃめ、帰ったら乃花さんに言いつけてやる。
「失業中のドロシーちゃんを臨時の料理人に任命する。鉄平も文句ないだろ?」
「俺は別にどうでもいい。お前の店なんだから、お前が決めればいいだろ」
他人事のような銀山鉄平の冷たい声が私の胸に突き刺さる。
出過ぎた真似をしてしまっただろうかと落ち込みかけたが、大好きな喫茶オズのことを思い出して私は顔を上げた。
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