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あれは私が十歳の頃のことだ。
両親が離婚をしたショックから家出をしたことがあった。
泣きながら坂道を登っていのだが、途中で疲れ果ててうずくまってしまったのだ。
そこに現れたのは、一人の大人びた少年だった。
彼の顔はどこか見覚えがあった。
当時流行っていた【子供料理王】という番組で、三冠をとっていた天才料理少年――銀山鉄平。
彼は料理人になることを夢見ていた私にとって、憧れの少年だった。
実は私もその番組に応募したことがあるが、結果は予選落ち。
料理人への道の険しさを、幼いながらに痛感させられたのだ。
そんな私の前に現れた、憧れの少年。
彼に連れられやってきたのが、喫茶オズだった。
西ばあは、泣きじゃくる私と鉄平君に卵サンド出してくれた。
あまりのおいしさに涙が止まり、夢中で卵サンドを食べたのを覚えている。
その時、瞳を輝かせながら鉄平君は自分の夢を語ってくれた。
将来はフランスに渡って、自分のレストランを持ちたい。
世界中の人が笑顔になるような料理を作りたい。
子供らしく規模の大きな夢だが、彼は実際に十六歳でフランスに渡ったはずだ。
それをテレビで知った時は、彼なら本当に世界中の人を笑顔にできると思った。
それなのに、大人になった銀山鉄平はあの頃の輝きを失っている。
瞳に詰まった夢の輝きは、一体どこに捨ててきたのだろうか。
「覚えてる」
観念したように、鉄平君は一言答えた。
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