一皿目・魔法の卵サンド

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軽トラックが見えなくなると、一人残された寂しさが溢れるように弱音がぽつりと零れ落ちた。 東京に帰ると決めたが本当は帰りたくない気持ちが心の底で芽生えていた。 母の死を受け止め切れていないだけではなく、これから進むべき道が私には分からない。 零れた弱音は、再就職先を早く探さなくてはいけないという焦る気持ちと、このままでいいのかという気持ちに板挟みになった心の声だ。 「うにゃあ」 悶々と悩み始めていた私の足元から、ふいに可愛らしい泣き声が聞こえた。 足元を見ると、そこにいたのは黒猫だった。 赤い首輪をした猫は、私と目が合うとそっぽを向いて歩き出した。 千光寺に続く坂の方へ向かって歩き出した猫を追って、私は背後に視線をやる。 坂に続く道には急な階段があり、その先にあるのは狭い線路だ。 狭い階段を数段登った猫がちょこんと座ったその隣には、一人の男が腰かけていた。 赤と黄色の派手な柄シャツに、ビーチサンダル。 目深にかぶった麦わら帽子とサングラスのせいで顔はよく見えないが、恐らく私と同じ二十代前半くらいだ。 麦わら帽子の下からのぞく明るい茶髪と、柄シャツの下からのぞいた金のネックレス。 この辺りではあまり見ない派手な風体の人だ。 男の傍には、旗を刺したクーラーボックスが置いてあった。 クーラーボックスには、【喫茶オズのプリン】と書かれた小さい旗が刺さっている。
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