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「いやあ、俺のことを覚えてるなんて意外だなぁ。あんまり話したこともなかったのにさ」
「それは、あんたのことを避けていたから」とも言えず、あいまいに笑って見せる。
「ええと、喫茶オズによく行ってたから覚えてるよー」
「そっか! 俺、そこの孫だもんね。実はばあちゃん去年亡くなっちゃってさ。今は俺が跡を継いでるんだよ」
喫茶オズの店主であった西ばあが亡くなったことは兄から聞いていたが、彼が継いでいるとは知らなかった。
「藁島太陽、喫茶オズのマスターやってます! よろしくねぇ」
胸もとをパタパタと叩きながら何かを探していたかと思うと、彼は私に何かを渡した。
どうやら名刺のようだ。
水色の厚紙に【喫茶オズ マスター 藁島太陽】と蛍光ピンクの文字で印刷されている。
目に染みる奇抜な色合いが、この男の存在そのもののようだ。
あの喫茶店の跡取りがこんな男だなんて、信じたくない。
少しだけ寄ってみようと思っていたが、これで後ろ髪惹かれることなく東京に帰れそうだ。
私は名刺をスーツケースの外ポケットに入れる。
「そうなんだー、頑張ってるんだねー、へぇー。じゃあ、このへんで――」
さっさと立ち去ろうとしたが、なにを思ったのか藁島太陽は私のスーツケースを奪い取った。
この男、まさか略奪でもする気だろうか。
過去のこともあってこの男への信用度はゼロだ。
「良かったら、うちに寄ってってよ」
「せっかくだけど、遠慮しておきます」
スーツケースを奪い返そうとするが、するっと手を避けられてしまう。
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