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「まあ、まあそう言わずに、せっかく帰って来たんでしょ?」
「いや、私帰るところでっ!」
「荷物これだけ? 持ってやるよ」
「ちょっと!」
話も聞かずに歩き出した藁島はスーツケースを引きずり歩き出す。
勝手に人の荷物を持ったままズンズンと階段を上り、あっという間に坂に続く踏切を渡っていった。
音を立てるスーツケースを唖然と見送っていると、踏切が鳴り始めた。
電車が通り過ぎるのを待とうかと思ったが、ふと気づくと線路上に黒猫が座っている。
じっと私を見つめ、猫は動かない。
「お前はいかないのかよ」そう言って責め立てるような目だ。
お前が藁島を追いかけるまで、動かないぞ。
そんな固い決意を猫から感じ、ため息を吐く。
「……分かったわよ、行けばいいんでしょ」
降参の意味を込めて両手をあげると、急いで踏切に走り込み猫を抱え上げる。
坂の方へ渡ってすぐに、背後から電車の通り過ぎる音がした。
傾斜のきつい坂に目を向けると、階段道の続く道の中間あたりに藁島がいる。
私のスーツケースだけでなくプリンの入ったクーラーボックスまで抱えているというのに、顔色一つ変えていない。
こっちに向かって手を振る彼に気付いたのか、黒猫が腕から飛び出して坂道を駆け登っていった。
「そうかい、お前は私より藁島が好きなんだな……」
大人げなく拗ねた気持ちになりながらも、私は猫の後を追うように坂を登った。
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