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心臓はバクバクと耳元まで聞こえるほど音をたて、顔は燃えるほど熱い。
きっと顔をあげた時には、トマトみたいな顔になっていたはずだ。
こんなに緊張したのは久しぶりだった。
失業して、母が亡くなり、私はどこか宙に浮いたような日々を送っていた。
ふわふわとした迷子のような日々の中で、喫茶オズに来たことはきっと運命だったに違いない。
私はこの店が好きだ。
魔法の料理が好きだ。
獅々田さんと同じように、この喫茶店を守りたい。
それに、もう一度鉄平君が料理をしている姿を見たい。
愛花ちゃんや獅々田さんが勇気を見て、後悔したくないと思ったのだ。
「俺に頭を下げられても、ここは俺の店じゃないからな」
「お願いします、藁島さん!」
鉄平君に言われて私は藁島に頭を下げた。
「いや、つーか。元々そのつもりだったんだけど。俺も別に、この喫茶店をつぶしたいわけじゃないし、料理人はそろそろ雇わないといけないって思ってたから。ただし、あんまり給料は出せないってことは、ご了承いただきたい」
藁島の少し戸惑った声がして、私はパッと上体を起こす。
「もちろんです! そこは期待してません!」
「期待してないのかよ! まあ、いいけど」
これは、採用ということでいいのだろうか。
喜びに拳を握りしめていると、獅々田さんが手を差し出した。
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