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今まで孝介とは長い付き合いになるが、大体こいつの頼みはろくなものではない。電話越しでは分からないだろうと思いつつもかぶりを振り、最早二人の間ではお決まりとなったフレーズで返しておく。
「できる範囲でならな」
言葉を待っていたと言わんばかりに孝介は笑い、言葉を続ける。
「まあそう言わないで。倫太郎には楽な仕事さ」
「何だ、言ってみろ」
「俺が入ってる部活、つまり天文部に入って欲しいんだ」
「却下だ。そんな面倒臭いことなんてやってらん」
楽とは一体何なのか。部活に入部することのどこが楽な仕事なのだろうか。そもそも何故天文部なのか。星なんか見て面白いことなんて俺にとっては一つもないのに。
「えぇー。そんなこと言わないでよ。本当、1人だけで部活やるなんて嫌なんだ」
「...1人だけってことは今部員はお前だけなのか?」
「そうなんだよね。まあ正確に言えば三年生に1人部員がいんだけど、その人は生徒会と受験勉強だって言って辞めるつもりらしいから。実質部員は僕だけだ」
何故この馬鹿は部員が1人しか居なかった部活に入ったのだろう。というかそこまで部員少ないんだったら多少腹を括っておかなければいけないはずじゃないのか。
とは思ったものの、しかしまあ、思い出してみれば孝介には高校受験の期間中随分と世話になっていたものである。なんだかんだ悪く言ってはいるがこいつもいざという時には頼りになる奴だ。逆にいざという時以外は使えない奴とも言い変えられるのだが。
とにかく、多少の貸しを返す程度の行いはやっておくべきかもしれない。
「.....太郎。倫太郎、聴いてる?」
「ん?あ、すまん。それでなんだっけ?」
「だから天文部入らないかって話だよ」
「うん...とりあえずわかったよ。一応考えておく」
やった、と孝介はうれしそうに言った。じゃあ月曜日の放課後に天文部の部室に来て、とだけ言われて電話は一方的に切られた。
まだ入部するなんて一言も言っていない。俺が入部する前提で話を進めないでほしいが、ここまで話が進んだ以上は断るのも一苦労になりそうだ。
何しろ相手は孝介である。今更断っても奴に上手く言い包められるのが目に見えている。
止む無く捨てるはずだった部活入部届けを引っ張り出し、部活動名と氏名を書き、判を押した。
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