14. 覇の国

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 事態は着実に動いている。  所は変わり、霞中学校。  閉め切られた体育館の中は、うっすらと蒸気に包まれていた。そして夕闇の迫る薄暗い中で幾つもの影が蠢く。  ただでさえ湿気の高い六月というのに、加湿器が幾つも稼働し、蒸気を吹き出しているのだが──。 「健斗さん。中の連中、いい感じにラリってますよ」  生徒会室からカメラを通じて、健斗たちがその様子を見ている。  彼以外の全員が、この後でどうなるかを、にやにやと笑いながら眺めているのだ。 「当然だ。ホセが用意したコカインを加湿器にぶちこんでやったからな。今頃、気持ちよく幻覚でも見てる事だろうさ」 「目が覚めた後に待ってるのは、生き地獄ですがね──」  水に溶かした麻薬を混入した加湿器。そこから出る蒸気を吸う事は、即ち麻薬を吸う事と同然。  しかも閉め切られて密閉された体育館は、麻薬の成分を閉じ込めて逃がさず、中にいる生徒たちが呼吸するだけで摂取され続ける。 「この手は他でも使えますね。今度ショッピングモールあたりに置いてやろうかな──」 「お、そりゃいい! 誰も俺らに逆らえなくしてやろうぜ!」  タバコの煙を撒き散らしながら、周りはわいわいと話し続ける。 「健斗さん、提案があるんですが」 「何だ?」 「あの中から気に入った女を選んで良いですよね──」 「好きにしていいぞ。あいつらをどうしようと俺らの自由だ」 「っしゃァ! 孕ませるぞ~!!」  配下が嬉しそうな叫びを上げる中、健斗の表情はどこか上の空であった。  彼の視線は、夕闇が迫る窓の外に向けられている。先に死んだ部下と仲間の顔を思い出していたのだ。 (これで、頭数だけは今までの倍以上になる。いざって時に命令を聞くかどうかはさておいて、な)  少なくとも、失われたメンバーは健斗の命令に対して忠実だった。  だが、頭数の補充に当てた霞中の生徒たちは、麻薬の副作用の苦しみに期待して従わせるとは言え、全員がそうもいかないだろう。 「連中の家族を利用させてもらう、か」  しかし、奴隷の立場にある彼らに人間らしい暮らしをさせるつもりは毛頭無い。  健斗は脳内でそう考えながら「空き缶とその仲間の撃破」を、家族の解放の条件にしてやろうと思案する。  だが、もちろんそれを実行するつもりは無い。今まさに体育館にいる生徒たちを、自分の手駒として利用する為の方便であった。
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