【1】一人で出産

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【1】一人で出産

もうすぐ妊娠39週目。 「いつ産まれてもおかしくない時期なので、少しでも何か変化があったら病院に連絡してください。とはいえ、最初は予定日通りにはいかないと思いますが…」 と通っている産婦人科の担当医に言われ、里佳は返事をして診察室を後にした。 日に日に動くのも億劫になる体のおかげで、里佳は妊婦であることを否応なしに自覚していた。 「やっぱりこの年齢になると体力的にキツいな…」などと独り言を呟いて、部屋まで伸びる階段をみつめて「よいしょ」といいながら片足を最初の階段に乗せた。 里佳は44歳だった。 妊娠検査薬で妊娠が確定してから産婦人科にはじめて行った。 医師から「おふたり目ですか?」と聞かれ「いえ、はじめてです」と言ったとき、わずかな動揺を医師の顔から感じてしまい、里佳はやっぱりこのご時世になっても、この年齢で産むのってヤバいのかな…と思った。 ただ慎重に選んだおかげで、いまのところ病院でのストレスはほぼない。 ここは、里佳のような立場の妊婦に理解があり寛容だった。 初診を受けた際、はじめてと言うと「ではこの書類を書いて次回の検診のときに持ってきてもらえますか?」と言われた。 書類は、個人情報以外に面白い項目があった。 夫の有無、自身の家族の理解、出産に対する疑問や不安など、まるで里佳の境遇をわかっているかのような項目があったからだ。 里佳に夫はいない。家族の理解は… 結局里佳が一人で産むことに諦めてくれたが、本当の意味では理解していない。そして出産に対しては不安だらけだった。 だいたい、この年齢になってはじめて子供を産もうとする里佳に対して 「高齢出産は、いろいろリスクがある」と母親も友人も言った。 母親はそれだけに留まらず「相手は誰なの!?」としつこく里佳に詰め寄った。 けれど、言ったところでどうにもならないと思っていた里佳は、結局もうすぐ予定日になる今になっても、母親に相手を打ち明けなかった。
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