霧の先。雲の向こう

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昼下がり。いつもより早く洗濯の仕事を片付けたキャサリンは公園のベンチに腰掛け、空を仰ぎ見た。 相も変わらず悪天候。霧が立ち込め、鈍色の空が重くのしかかる。 しばらくの間、彼女はじっと空を見つめていた。すると、一人の少女が彼女の下へ駆け寄ってきた。 「キャス姉。何してるの?」 声をかけてきたのは同じ職場で働いている、くせ毛気味な栗毛がチャーミングな少女のメアリーだ。先程、メアリーはキャサリンンのことを“姉”と称したが――彼女たちの間に一切の血縁関係が無い。しかし、同じ職場で肩を寄せ合い働く中で、彼女たちの仲は仲睦まじい姉妹のようなものになっていったのだ。 「今日は早く上がれたから、こうして昔のことを懐かしんでいたのよ」 「ここは、キャス姉にとって大事な場所なの?」 ええ。とキャサリンは頷いた。 「メイ。今じゃ信じられないかもしれないけれど、昔はここで――青空が見えたのよ」 「青空? 空って曇っていなくても、ずっと霧がでてるから私、この色が普通だって思っていたけど、空って本当は青いの?」 メアリーは生まれた時からずっと霧の中で過ごしてきたのだ。この疑問は当然のものだ。 「青だけじゃないの。日の出や日の入りは、太陽がある側が赤とか、オレンジとか――そんな色をしていて、そこから遠くなってゆくとだんだん暗くなっていて、そのグラデーションがとても綺麗だったのよ。他にも、夜にはたくさんの星が輝いていて、時々屋根に上って星の数とか数えたりしたものよ。今だと、お月様くらいしか顔を見せないけれど。でも、その全てが――今となっては遠い昔の出来事に思えるの」 霧で視界を奪われ、厚い雲が大気に蓋をする。それでも空を見つめるキャサリンの瞳には、一種の郷愁の念が込められていた。 「色んな空を知ってるのってなんだか羨ましいなぁ・・・・・・私、この空しか知らないんだもの。そう言えばキャス姉。ここが思い出の場所って言ってたけれど、どんなことがあったの?」 「誕生日の日に、良心の知り合いから鳥をプレゼントしてもらったの。けれど、籠に入れたままの鳥がかわいそうで――この公園で逃がそうとしたの。それで逃がそうとしたら、あの木に停まって、唄を歌ったの。空を見上げながら、凄く、綺麗な歌声で。たった、それだけのことなんだけど、何故だか印象に残ってるの。その年が、最後の青空の年だったのも
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