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胸に空いた空虚な伽藍洞を埋めるために工場地帯を彷徨っていた俺は彼が密売人の一団と遣り合っている現場に遭遇しなし崩し的に巻き込まれたのだった。彼によると連中はこの町で違法薬物の密売をしている組織の末端だという。そして義憤から彼は社会正義の実現のために自警団活動を行っているらしい。絶対嘘だ。
ただまあ、誘われたからといってあっさりそれに混じる俺も相当にイカれているだろう。自覚はある。今の俺は終わることへの恐怖に駆り立てられている只のねずみ花火だと。
なにせ俺はアイスマンの素顔すら知らない。彼は野球帽を目深に被り真夏にも関わらずその上にパーカーをフードまで着込んでいる。その上、肩にかかるほどの長髪だからとても人相など伺うことができない。
まあ、どう考えても胡乱気な彼の正体だが正直俺にはどうでもいい。
今は空いた伽藍洞を塞ぐ自称自警団に集中していたい。そのために自我が芽生える遥か前から磨き続けている拳を振るうのだ。
この夜の警備もすぐに終わった。アイスマンが当たりを付けていた場所に行くとすぐに痩せたアジア系の男が声をかけてきた。男は片言の聞き取りにくい日本語で取引を持ち掛けてきた。浅く微笑むと顎先をひっかけるように右フックを放ち昏倒させた。黒の長袖が拳の軌道を夜闇に溶かし、男は何かを感じる前に倒れたことだろう。
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