墓参り

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元の母親の優美が亡くなったのは初夏の日差しが 照りつける7月だった。 俺が18で元が14。もとから身体が弱く いつも 布団に伏せっているイメージが強い。 だが名前の通り優しく美しい人だった。 景の事も我が子のように可愛がり いつでも我慢強く話を聞いてくれる。 そんな優美が大好きだった。 養子にならない事を知っても 黙って微笑んでくれた。 景の好きなようにすればいいのよ 彼女はそう言って俺の指を握ってくれた。 とても暖かい手を今でも覚えている。 彼女が亡くなった夜 元はいつも敷いてある 布団の前に座り込み一歩も動かなかった。 泣きもせずただ座り でもその背中が泣いていた。 俺は声もかけられず ただ元のそばで 同じように座っていた。 時間が止まってしまったようだった。 基本、元の都合を聞く事をしない俺は 毎年柏木の家に線香をあげに勝手に出向く。 辰雄はいつも黙って俺を家にあげ 仏壇の前で一緒に手を合わせた。 毎回誘わない俺にイラつき今年は一緒に行くと 確かに元は言っていた。 だがやっぱり誘わなかった。 俺が行くのと元が行くのとでは意味合いが違う。 こだわる必要は無くとも柏木の家を出てから 俺はそこは線引きをすべきだと思っていた。 そんな俺の気持ちがまたきっと 腹ただしいのだろう。 墓参りだけは頑として毎年俺を引きずって一緒に行く。 俺もさすがに断らない。 死者を想う気持ちは同じだということも わかっているからだ。 夕暮れの墓地で二人黙って墓石を磨き 花を供え線香に火をつけた。 両手を合わせて墓石を見上げる。 あれからもう10年以上。早いものだ。 俺と元の間にも同じだけの月日が 流れている。 何を話しかけているのだろう。 目をつむり静かに祈る元は どことなく 物哀しく、 とても綺麗だった。 車で店まで送ってもらう。 既に夜になっていた。 降りようとする俺の腕を掴み 「帰るのか」と 元が問うた。その眼には帰るなと書いてある。 どことなく捨て犬のよう。 元はたまにこんな顔をして俺を見る。 「店あんだから帰るよ」 俺は淡々と答え そっと手を振りほどきながら 車を降りる。 元は何も言わず じっと俺を見つめ 俺が閉めたドアの中へ消えて行った。 黒い高級車はキラキラと光る夜の街へ 溶け込むように去っていく。 黙って見えなくなるまで俺は佇んでいた。
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