花火

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「一旦事務所に戻る」 そう言った俺に 「へい!分かりました!」と 龍がハキハキ答え 車は滑り出した。 後部座席のシートに背中をゆっくり預け たばこに火をつける。 ゆらゆらとあがる煙から目をそらし窓外を眺めた。 いや。闇の中に鏡のように映る自分の顔を 見ていたのかもしれない。 思うようにいかない 苛々とした己の顔に 思わず苦笑する。 兄だと思っていた人が兄では無かった。 小学校に上がった俺と四年生の景が違う 苗字だったからだ。 なんで?と聞いても景は微笑むだけで 何も言わない。 いつも景は元の問いかけにきちんと 答えをくれる。 間違っている時は 叱ってもくれる。 だが、この話だけは何も答えてくれない。 それでもいつかきっと景は俺と同じ苗字になる。 何故か勝手にずっとそう思っていた。 中学に上がり景が高校生になっても 苗字は違ったままだ。血が繋がっていないのは 既に理解している。 でも俺たちは家族なのに。。 やっぱり変だ。 不審に思い親父を問い質すと 景は一生 同じ苗字にはならないと言われた。 ならないと言われたのだと。 カッとなりその足で階段を駆け上がり 自室に居た景を掴み、わめき立てた。 その時も景は辛そうに微笑むだけで 何も言わなかった。 意味がわからなかった。 生まれた時から当たり前の様に一緒に居て 辛いときには慰めてもらい  うれしいときには一緒に 喜び 時には取っ組み合いのけんかをしたこと だってある。 見た目とは裏腹に意外と抜けている景を しょうがねーなーと 大人ぶって怒るのも日常茶飯事。 いつも金魚のふんのようにくっついて回った。 ずっと兄だと思い 俺の兄貴はホント 手間がかかってよう~と友達にだって話していた。 血がつながっていない事なんて 大した問題じゃない これだけ一緒にいるんだ。家族なんだ。 根拠なんてない。 でも俺はそう信じていた。 だが景は大人になる過程で  どんどん見えない壁を俺との間に作っていく。 普段の態度は何も変わらない 今までと同じように 本当の兄弟のように 接してくれる。 それでも大事な部分に手を伸ばせば その手はゆっくり振り払われる 名前だけではない何かが俺を拒絶する。 喉の奥が無性に乾く 焦燥にかられ  更に問い詰める だが何も答えてはくれない ただいつものように困った顔で微笑むだけだ。 その心はどこにもない  この差し出す手も気持ちも届かない。 そんな気がした。
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