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男たちは去り、キツメと俺だけが残された。俺は養生された幹に触れた。
「キツメ――木、ツ、女――桜。ばればれだっつうの」
キツメは自分の体と桜の木をかわるがわる見た。
「もう寒くないだろ?」
俺は地元の植木屋さんに、保全のための作業を頼んでいた。費用を準備するのに1年間バイトに明け暮れた。
「ありがとう」
キツメは、そっぽを向いて言った。
「じゃあ、もう1度言うぞ。俺はお前がーー」
キツメは滑るように動いて、俺の唇にキスをした。
「これから家に来るがよい。茶でも出そう」
「は?」
「すぐそこだ。ニースのオリーブもある。土産に買ってきた」
「お前、桜の精じゃないの?」
キツメの目の中に、散っていく花びらがSの字を描いた。ドSのSだ。
「だって名前が――それに、時代がかったしゃべり方――」
「名は祖母がつけた。しゃべり方も祖母の影響だ。お前、わたしを桜の精だと思っていたのか? こりゃあ傑作だ! 早速、祖母に報告しよう!」
キツメは俺の手を引いて、校舎の間の湿った細い道をずんずん歩いて行った。
「あの桜は祖母との思い出の桜だ。あっちの学校が始まったらニースに戻るが、遊びに来い。祖母に紹介しよう。フランスなぞ12時間で着く」
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