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気が付いたら、手を伸ばしていた。
俯いて唇を噛みしめる啓介の、包帯を巻かれた額に触れる。
指先に、じんわりと熱を感じた。
はっとして目を上げた、まだどこか幼さの残る顔をのぞき込んだ時、憲二の頬に自然と笑いが広がった。
「それがどうした。あたりまえだろ」
そのまま頬をゆっくりと指の背で撫でてやる。
「お前、いくつだ」
「・・・19歳です」
「19歳が何もかも完璧に出来てしまったら、この先の人生どうするよ?何もすることないぜ?」
「でも・・・、おれは・・・」
青年は、焦れたような声で反論しようとした。
頑固なのはやはり祖父譲りだなと内心ため息をつく。
「いいから、年長者の言葉を良く聞けよ。お前がそうしたいのはわかるが、完全を目指すな、余白を残しとけ」
「よはく・・・?」
「そうだ。全部を一つの色に塗り込めるのは辞めておけ。一生同じだなんて、つまらないだろ」
「・・・そういうものですか・・・?」
「ああ。俺も一時期似たようなことを考えて、ほぼ思う通りにしたことがある。そうすると、考えることが何もなくなった」
斜め前から勝己の視線を感じたが、構わずそのまま続けた。
「毎日が退屈すぎて、正直、もうこれは死ぬ以外、何もない気がしたよ」
退屈で退屈で、息が詰まりそうだったのはいつのことだったか。
今、こうして話をするまですっかり忘れていた。
生い立ちに反発しているわけではない。
ただこの世界が窮屈なものに思えて、もがけばもがくほど苦しくなるのだろう。
そんな時期が、自分にもあったと懐かしく思った。
「だけど、俺は生きている。・・・つまりは、そういうことだ」
もう一度額を撫でると、啓介の瞳に何か違う色が灯ったような気がした。
まるで、大人になりきっていない子犬のようだ。
なぜか目の前の迷子をとても可愛いと感じた。
ふいに、それまで黙っていた勝己が口を開く。
「・・・まあ、今回はとんだ災難だったけど、悪いことばかりじゃないな」
いっせいに視線を向けると、一瞬、困ったような顔で笑った。
「今まで突っ走ってきたけれど、ここで一端休んで、色々考える機会が出来たって事だろう?」
幸いながら頭部打撲は思いの外軽く、あとは肋骨と足の骨折の治療とリハビリにおよそ一ヶ月位かかるだろう。
動けないなりに出来ることはある。
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