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「きみがカレンのことを心底愛しているのは、町中のみんなが知ってるよ。そんな彼女と子どものためなら、きっときみはなんでもできる。なんにでもなれる。でも、きみは優しくて不器用な男だろ。ラングが心配してた。マーロは大事な時に自分以外の何かを犠牲にできないって。そういう意味では今度のきみの行動はまったく予想通りだし、だから誰のことも裏切ってないんだ」
「何を……。俺は、お前たちを……」
「ちがうよ、マーロ」
不器用で頑ななマーロのことばをキッドはまた遮って、代わりに爽やかに笑って言った。
「分かれ道にやって来ただけさ」
昨夜の雷雨が嘘のように穏やかな朝であった。いくらこの倉庫が港の外れにあって、外の気配があまり感じられないにしたって、今朝はあまりに静か過ぎる。
お互いの呼吸すらが、心臓の音すらが、聞こえそうであった。もう何も隠せないのだと、マーロは悟った。
故郷を旅立つ前のことであった。マーロは水底に沈んだ家々を、後悔と哀切を胸に抱いてダムの上から見下ろしながら、二度と力の前に屈するまいと誓ったはずであった。いずれ大人になったとき、権力や暴力から自分の家を守れる男になろうと決意したのであった。
やがて大人になったとき、隣の村で騒動が起こったと聞き、マーロは何もしなかった。己には無関係なことだと決めつけた。
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