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 キッドと出会わなくとも、マーロがカレンを愛する以上、今度の騒ぎには巻き込まれていたに違いない。その場合、どんな結末を迎えたかはわからない。もしかしたら、こんな悲劇的な展開にはならなかったのかもしれない。だが、マーロは、自分の前にキッドを連れてきてくれたあの夏の日に感謝していた。 「俺の最後の頼みだ。お前の、あの美しい左撃ちと勝負したい。お前が勝てば、すべての証拠をラングと役人に届ければいい」 「……俺が負けたら?」 「そのときは、お前の死体は役人に見つからないように、丁寧に埋葬してやろう。俺たちは最後の大仕事をするつもりだ。今までの嫌がらせとは規模が違う」 「うまくいくと思ってるの」 「うまくやるさ」 マーロが銃の撃鉄を起こし、引鉄に指をかけた。 「これが、俺の道だ」 キッドはまだ微動だにしなかった。マーロの顔を、少年の頃のままのヘーゼルグリーンの瞳がじっと見つめている。  マーロが引鉄をしぼった。キッドの左頬を掠めて、銃弾が飛んでいく。鮮やかな血がキッドの男としては華奢な顎を伝い、涙のように細く流れた。 「早くしろ!時間がないんだ!」 マーロが泣いているような声で叫んだ。  キッドは少年時代の目を閉じた。あと少しで、ラングが役人を連れてくるであろう。今なら机の上にすべての証拠がある。マーロが生きていれば、彼の口から説明もできるはずだ。マーロの意思がどれだけ固かろうと、どこかで必ず情報は洩れる。マーロが黙っているならば、彼の恋人を捕らえればいいのだ。一瞬、そんなことも考えた。     
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