3人が本棚に入れています
本棚に追加
キッドが目を開いた。
微かに足を開き、構えた。
「ありがとう、キッド」
マーロが白い歯をこぼした。キッドは笑えなかった。
波の音が聞こえる。潮の香りをマーロは吸い込んだ。目の前の青年を見た。これが、あの坊やかと思った。あの澄み切ったヘーゼルグリーンの瞳を持った、あの無邪気な笑顔をした、あの少年なのか。
撃てる気がしなかった。隙がどこにもない。キッドはまだ銃に手をかけてもいないが、マーロが少しでも動けばキッドの左手は神速で銃を引き抜き、マーロの指が引鉄にかかった頃には銃弾が過たずマーロの急所を撃ちぬくことであろう。
(それでいい)
走馬灯のように様々な思いが去来した。幼い頃の故郷の記憶。若い己の怒りと悔恨。各地を巡って食べた様々の料理。試行錯誤して辿り着いた味、ボロボロだった空き家をラングと改装してやっと開いた店。カレンの話す声。ラングの歌。キッドの無邪気な笑い声。四人で飲んだレモネード……。
誰よりも幸福だと思った、あの夜を思い出す。あれが四人で語らった最後の夜であった。この幸福を守らなければならないと、あの晩、マーロは深く深く決意した。
最初のコメントを投稿しよう!