9.

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 キッドが目を開いた。  微かに足を開き、構えた。 「ありがとう、キッド」 マーロが白い歯をこぼした。キッドは笑えなかった。  波の音が聞こえる。潮の香りをマーロは吸い込んだ。目の前の青年を見た。これが、あの坊やかと思った。あの澄み切ったヘーゼルグリーンの瞳を持った、あの無邪気な笑顔をした、あの少年なのか。  撃てる気がしなかった。隙がどこにもない。キッドはまだ銃に手をかけてもいないが、マーロが少しでも動けばキッドの左手は神速で銃を引き抜き、マーロの指が引鉄にかかった頃には銃弾が過たずマーロの急所を撃ちぬくことであろう。 (それでいい) 走馬灯のように様々な思いが去来した。幼い頃の故郷の記憶。若い己の怒りと悔恨。各地を巡って食べた様々の料理。試行錯誤して辿り着いた味、ボロボロだった空き家をラングと改装してやっと開いた店。カレンの話す声。ラングの歌。キッドの無邪気な笑い声。四人で飲んだレモネード……。  誰よりも幸福だと思った、あの夜を思い出す。あれが四人で語らった最後の夜であった。この幸福を守らなければならないと、あの晩、マーロは深く深く決意した。     
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