9.

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 アレックを紹介されたときに、あの手を振り払っていたら今頃どうしていたであろう。キッドを連れてラングと他所に逃げていただろうか。カレンは一緒にいただろうか。それとも父の元に残っただろうか。いずれにしても彼女は泣いたであろう。  罪悪感は、まだあった。だが、後悔は薄れた。心残りがあるとすれば、ラングが奏でるあの曲の完成を待てなかったことと、いずれ来るであろうキッドの旅立ちを見送ってやれないことであろうか。 (いや、今日がそうかもしれない) 今日、この場所で自分を撃つことが、青年の新しい一歩になるかもしれない。……なってほしかった。  倉庫内に朝陽がいよいよ強く射しこみ始めた。マーロの心にもその光が降り注ぐようで、その眩しさに男は笑みを深くした。  すべてが、終わろうとしている。  マーロも、キッドも、その時を待った。二人の呼吸を合わせ、別れの銃弾を交わす瞬間。長い、長い、永遠のような一瞬を。  そのとき、一際高らかに汽笛の音が響いた。  直後、マーロの表情が動いた。驚愕と焦りに見開かれた黒い瞳がキッドから外れて、その背後、倉庫の入り口の方へと移動した。 「キッド!!」 マーロが叫びながら銃を持ち上げた。異常を察したキッドがマーロの視線を追い、半身を引いて振り返る。二丁の銃がほとんど同時に火を吹いた。  信じがたい光景に、キッドの瞳が見開かれる間もなく固まった。     
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