青き時間は長くも短い

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 甘い覚悟の中、甘いのと香ばしいにおいが僕の鼻腔をくすぐった。家の奥からクロとシロが姿を現す。クロは皿に乗せたカップを持っていた。シロはおいしそうに一枚かじって、目を細めて口角をあげる。二人は僕の前に、それらを置いた。声を揃えて「召し上がれ」と微笑む。  僕はお言葉に甘えてカップに口をつけた。香りとともにほのかな苦みが口で広がる。そこにクッキーを放り込めば、甘みが苦みを包み込んで、バターとコーヒーの風味が心地よい。 「それで坊や、君は大人になるためにこの国にきたんだよね」 「はい、そうです」 「微笑ましいわね、大人になんてならなくてもいいのに」  正面の二人掛けのソファに仲良く座る。まるでその姿は夫婦みたいだ。 「いいえ、そうはいきません、大人にならないと」 「どうしてかしら、大人になることに意味はあるの?」 「それは――」  大人になる意味。きっとそれは「当たり前」だからだ。でも、それでいいのだろうか。「どうして当たり前なのか」の答えが、具体的な大人になる意味なんじゃないか。ただ、その問題はとても難しい。当たり前は、考えなくてもわかることだから当たり前なのだ。あえて考えても答えはなかなか出ない。  そもそも大人とはなんなのだろうか。通過儀礼で区切ってはいるけど、それでは分けられないほど曖昧な言葉に思えてくる。だって通過儀礼を終えても、子供っぽい人はいる。逆に子供で大人より落ち着いている人もいる。そうなると、大人は単なる「分ける」ためだけの、あだ名みたいなものに思えた。
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