青き時間は長くも短い

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 そして翌朝、雲一つない青空の下、十年の旅が始まった。見送りの時の親族は、みんな若返った姿になることが決まりである。それは、本当に若返ったわけではない。濃く濁った体にラピスラズリの粉を塗って、八十歳の姿を装うのだ。僕と瓜二つになった祖父やお父さんと、より美人になった祖母とお母さんに手を振る。そのうち姿が見えなくなり、青い門が見えてくる。僕はそこを抜けて極彩色の世界に飛び出した。  青草のにおいが心地よい。風に揺れる草たちは、擦れあってサワサワ歌う。草に混じる花々は、僕と同じ色もいるけど、色とりどりで目がくらむ。  国を出れば草色や雲色と、他の色に溢れている。僕たちはそれが恐ろしかった。僕たちは青以外の言葉を知らない。草の色は草色だし、林檎の色は林檎色だ。それでトマトと林檎は色が似ているけど、それを表す言葉がない。だから、似ているその色は、曖昧で得体の知れない存在になる。僕たちにとって青くないものは、言葉にできない不気味で怖いものだった。  だけど世界は美しい。あと不気味で恐ろしいほどに綺麗だった。 「どうしてあなたは青いのでしょう」  青空に聞いてみた。僕たちの母だというのに、彼女は何も喋らない。色が変わる以外動きもしない。そもそも空は生きているのだろうか。生命の素となる彼女は、僕らのように感じて喋って考えるのだろうか。疑問はいくらでも湧いてくる。だけど答える人はいない。だって、これは一人旅だ。  空しいことを考えながら、草を踏みつけ隣国に向かう。そこはすべてが林檎やトマトの色をしていて、特産品は唐辛子らしい。噂でそうは聞いていた。知っていても実際に行くのは恐ろしい。
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