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草のにおいを感じつつ、月に向かって歩き出す。地平線には小さな影が出張っている。それは進むほどに大きくなって、ついには大きな城壁になった。朝に見れば、さぞ鮮やかな林檎色をしているのだろう。今は夜に染まっている。
月明りに導かれ、やっと門の前に到着した。そこに夜勤の門番が二人いる。
「こんばんは」
挨拶すると、持っていたランプの火を近づけて、僕の顔を確認した。すると笑顔になって、たぶんだけど異国の言葉で挨拶を返してくれた。
お姉さんから教わった、その国の挨拶を思い出す。相手の鼻の頭を人差指で軽く触れて、その指で自分の鼻に触れるのだ。緊張する。僕の国でそれをすれば変人だ。それでも勇気を出して触れてみた。二人はますますいい笑顔になって、僕の鼻に触れた。二人の指は熱くて、朝のパン屋さんに並ぶ焼きたてのクロワッサンみたいだった。
こうして門の内に通される。門番たちは持ち場へ帰って、僕一人だけが残された。もう少しだけ一緒にいてほしかった。色が違っても親切に笑顔を向けてくれた二人に、少しでも案内してもらえば、どれほどよかったことか。これで僕は一人きりだ。
火と月が街を照らす。青い街並みとは打って変わって、唐辛子色で同じ高さの建物が遠くまで続いている。どれがお店で、どれが民家なのか見分けがつかない。特産品の店や宿はどこか聞こうにも、街は静まり返っている。
僕のときめきを返してほしい。僕はここに来る前に何度も想像したのだ。林檎にイチゴが甘くかおる街並みは、大小様々な温かみのある家々が並ぶ。人々の喧騒には商人たちの売り込みの声が響き渡る。だと思っていたのに、このありさまだ。ひと気もない。温かみもない。ただ、直線的な冷たい建物が、壁のように建っていた。
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