0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
突っ込んだ勢いのままで、小川の外へと飛び出した。
重い翼が思うように動かず、小川の横に降り立った。
小川の外では、羽の先まで緊張を張り巡らして体を大きくした雀の母が、おらを鋭い眼差しで見ていた。
よたよたしながらも雛が雀の母の近くに寄っていく。
雀の母は嘴で雛を体の下に入れる。
ようやく緊張が解けたのか、雀の母の羽は丸くなり、深く頭を下げる。
「助けてくれたのですね、よかった」
雀の母の言葉を猛烈の雨がすぐにかき消す。
「いえ、無事でよかった」
おらは、濡れて冷える翼を体に畳み入れて言った。
「近くに棲み処がありますので、どうか、濡れた翼を休めてください」
おらと雀の親子は近くの木影に移動した。
雀の親子の住処には、何匹もの雛が、雀の母を待ちわびていた。
雀の母は、雛にご飯を与えて、寝かしつけている。
「最近、雨がよく降りますね」
おらは、雀の母に言う。
雀の母は、濡れた雛を足元に連れてきて、体の下で暖めながら、こちらに向いた。
「そうですね。今は梅雨という季節になったと長老が言っておりました」
雀の母は言う。
「梅雨?」
おらは初めて聞いた言葉だった。
「梅雨をご存じないのですか? 先祖代々の言い伝えで、ひと昔前、人間は、四季を作ったと言われています。この梅雨が終わると、とても暑い日が続き、人間は夏と呼んでいたそうです」
おらは、何も知らなかった。
それもそのはず。卵から孵った時、明るい視界の中には母も父も居なかった。ただ、近くに居た烏の母が我が子と一緒に育ててくれたから、こうして大きくなれた。
幼い時は本当に可愛がられた。おらも烏だと疑いもしなかった。
でも、いつの日か、烏の母は目を細めて、おらを見るようになった。
大人になるにつれて、おらの羽と嘴は烏とは異なった色に変わり、翼の大きさも母よりも大きくなっていき、烏の母も違和感でおらを遠ざけた。
おらは、毎夜毎夜、お月様に大きくなりたくないと願った。
しかし、お月様はそのお願いには答えてくれなかった。
そして、烏になれなかったおらは、空を飛べるようになった明くる日、その故郷を捨てた。
「そう言えば、あなたは、なんてお名前でお呼びしたら良いでしょうか」
最初のコメントを投稿しよう!