第一章 地上から聞こえる音色をいつも独りで聴いている

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突っ込んだ勢いのままで、小川の外へと飛び出した。 重い翼が思うように動かず、小川の横に降り立った。 小川の外では、羽の先まで緊張を張り巡らして体を大きくした雀の母が、おらを鋭い眼差しで見ていた。 よたよたしながらも雛が雀の母の近くに寄っていく。 雀の母は嘴で雛を体の下に入れる。 ようやく緊張が解けたのか、雀の母の羽は丸くなり、深く頭を下げる。 「助けてくれたのですね、よかった」 雀の母の言葉を猛烈の雨がすぐにかき消す。 「いえ、無事でよかった」 おらは、濡れて冷える翼を体に畳み入れて言った。 「近くに棲み処がありますので、どうか、濡れた翼を休めてください」 おらと雀の親子は近くの木影に移動した。 雀の親子の住処には、何匹もの雛が、雀の母を待ちわびていた。 雀の母は、雛にご飯を与えて、寝かしつけている。 「最近、雨がよく降りますね」 おらは、雀の母に言う。 雀の母は、濡れた雛を足元に連れてきて、体の下で暖めながら、こちらに向いた。 「そうですね。今は梅雨という季節になったと長老が言っておりました」 雀の母は言う。 「梅雨?」 おらは初めて聞いた言葉だった。 「梅雨をご存じないのですか? 先祖代々の言い伝えで、ひと昔前、人間は、四季を作ったと言われています。この梅雨が終わると、とても暑い日が続き、人間は夏と呼んでいたそうです」 おらは、何も知らなかった。 それもそのはず。卵から孵った時、明るい視界の中には母も父も居なかった。ただ、近くに居た烏の母が我が子と一緒に育ててくれたから、こうして大きくなれた。 幼い時は本当に可愛がられた。おらも烏だと疑いもしなかった。 でも、いつの日か、烏の母は目を細めて、おらを見るようになった。 大人になるにつれて、おらの羽と嘴は烏とは異なった色に変わり、翼の大きさも母よりも大きくなっていき、烏の母も違和感でおらを遠ざけた。 おらは、毎夜毎夜、お月様に大きくなりたくないと願った。 しかし、お月様はそのお願いには答えてくれなかった。 そして、烏になれなかったおらは、空を飛べるようになった明くる日、その故郷を捨てた。 「そう言えば、あなたは、なんてお名前でお呼びしたら良いでしょうか」
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